黙々として、与えられた仕事に打ち込む。
その仕事で将来、商売をしてやろうといった野心は毛頭なく、身についた技術で、立派に渡世できるようになった事実は、私たちに一つの示唆を与えます。
それは、私たちがはなはだ野心的で、それで独立して商売をしてやろうと思って仕事をしていれば、そのころ〈継電器の専門工場〉なるもので食っていけるかというか、考えてみる人もなかったころのことゆえ、継電器の仕事などに身がはいるはずもなく、したがって継電器技術が身につくはずもなかったからです。
世の中には、利巧に回ったつもりで、いつも挽があがらない人がよくあるが、この点"大賢は大愚に似たり"という言葉を、おおいに玩味すべきだと思われます。